2009年6月21日日曜日

復讐の鬼 ハンニバル

ハンニバル・バルカ

(紀元前247年~
紀元前183年/紀元前182年)

だいぶ時間が空いてしまいましたが、第2弾は、

古代ローマ共和国を語る上で避けて通れない男、ハンニバル・バルカです。

紀元前247年~紀元前183年。

全く知らない人もいるかもしれませんので解説します。

アフリカのカルタゴからスペイン→アルプス→ローマに1個軍隊攻め込んで

10年イタリアに居座ってスキピオに負けてしまった史上最凶の将軍です。

不可能と思われたアルプス越え、牛に松明を持たせてローマ軍を騙して移動、

霧に紛れて行軍中のローマ軍を袋叩き壊滅。

カンナエの戦いでは見事な包囲網戦、ローマに完全勝利。

至上最高の天才戦術家で、後のナポレオンも惚れています。

ですが、結局ハンニバルのしたことは、

ローマを覇権国家にしてしまったことではないでしょうか。

第2次ポエニ戦争は復讐戦争とも言え、ヒトラーが復讐心を国民に煽って

第2次世界大戦を起こしたのと余り変わりがないです。

天才ハンニバルは、確かにスキピオにザマの戦いで敗れてしまいますが、

ローマ共和国の強固な組織力に負けたと言ってよいでしょう。

カンナエの戦いで見事な勝利を収めても、10年イタリアに居座っても、

ローマ連合の牙城は崩せなかったということです。

のちにローマ連合は崩れてしまうのですが、第3次ポエニ戦争後、

勝者の混迷の時代で皮肉にもローマ人自身が崩すのです。

漫画 『ドラゴン桜外伝エンゼルバンク』 で、

1人の天才が統率する会社がよいと描いてありましたが、懐疑的です。

1人の天才が統率する会社を独裁国家におきかえてみるとよくわかります。

ギリシアの黄金時代のペリクレス、アレキサンダー大王、チンギスハーン、

ナポレオン、織田信長など、優れた指導者が一手に権力を握ると

確かに当初の表面上はよいのですが、

長く統治できるかといった疑問を投げかけると、

落第点になるのではないでしょうか。

ペリクレス以降のギリシアはガタガタ、

アレキサンダー大王は、病死後部下の権力闘争でほとんど消滅………

挙げれば切りがないのですが、国家の運営の歴史は会社の運営の参考になります。

天才が突然いなくなって、その後、国がバラバラに分裂するというのは、

歴史の本を読めば飽きるくらいあります。

私は自分の評価を凡人レベルに見積もっています。

もし、売り上げがあがって組織を作る際は、

元老院のような集団指導体制を敷くつもりです。

ハンニバルがもし後のユリウス・カエサルを見たのならば、

史上最高の戦術家は、1番にカエサル。

2番にアレキサンダー大王を並べたでしょう。

重要なのは、天才的な戦術家と勝つことではなく、

組織力と敗者との同化であると、

ハンニバルの一生をたどれば歴史が一目瞭然に教えてくれます。

大国カルタゴは、その後の第3次ポエニ戦役で滅亡。

支配していた諸都市から見捨てられて孤立無援になり包囲戦。

多くが餓死。最後の6日間には多くの戦死者。

戦後に残った5万人は全て奴隷として売却。

町は完全に破壊され、塩がまかれたという壮絶な最後を遂げています。

会社経営に
天才は本当に必要でしょうか?


東間 陽一 Yoichi Azuma



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