2013年5月16日木曜日

1人だけ幸運の男 スッラ

閥族派指導者スッラ

民衆派指導者マリウス


ルキウス・コルネリウス・
スッラ・フェリクス
(紀元前138~紀元前78年)

は、古代ローマ史で、

スッラ体制ともいうべき強固な閥族派の政権をつくりあげた独裁官です。

共和制最後のリーダーと評されてもいいでしょう。

スッラといえば、

ガイウス・マリウス(紀元前157~紀元前86年)との因縁が有名です。

ちなみに、マリウスの妻は、ローマの英雄・皇帝カエサルの叔母です。

つまり、マリウスはカエサルの外伯父ということになります。

また、マリウスといえば、

鷲(わし)にまつわる不思議なエピソードがありますね。

鷲は3つ以上の卵を育てないと言われていました。

幼いマリウスは、7羽の雛(ひな)が住む鷲の巣をみつけました。

これが、のちに彼が、

7回の執政官選出を果たす吉兆だったと言われています。


スッラとマリウスの因縁

閥族派(オプティマテス)の指導者 スッラ。

民衆派(ポプラレス)の指導者 マリウス。

しかも、スッラはかつて、マリウスに仕えています。

自分を抜擢してくれた人物であり、政敵であり、協力者でもあった。

………愛憎入り混じった複雑な人間関係だったようです。

歴史小説 『ローマ人の物語』 の著者

塩野七生(しおの・ななみ)先生は、

「共和制という袋を修繕したにすぎなかった」

と、スッラのことを評価しています。

現代ならば、自民党を修復した

小泉純一郎元首相とオーバーラップします。

(首相在任時に発行されていた小泉内閣メルマガ

「らいおんはーと」が懐かしいですね^^)

カルタゴを倒したローマは、混迷につぐ混迷を深めます。

領土が2倍以上になったのに、

いままでの指導体制のまま維持しようとしたので、

大混乱をもたらしました。

キリスト教、民主主義の嫌う、

皇帝が生まれるまでの繋(つな)ぎでしかなかったようです。

反対派である市民をことごとく虐殺、懸賞金をかけるなど

冷酷きわまるクールな男で、気分屋だったようです。

政治体制がうまく機能していないときは大胆な改革が必要で、

反対派をつぶして旧体制のほころびを繕(つくろ)えばいい

というものではないようです。

軍事才能は百点だが、政治では落第点と言わざるを得ません。

ローマ軍恒例のストライキも、

スッラの指揮下では起こらなかったようです。

恐怖政治をおそれたのでしょう。

『幸運なるスッラ』 (スッラ・フェリックス)

という渾名(あだな)が、ブラックユーモアのような

複雑な響きをもって聞こえてくるようです。


東間 陽一 Yoichi Azuma



0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。