2013年7月26日金曜日

ローマ偉人列伝 アウグストゥス

ガイウス・ユリウス・カエサル・
オクタウィアヌス・アウグストゥス

(紀元前63~紀元14年)

ローマ帝国初代皇帝
(紀元前27~紀元14年 在位)


18歳の革命
初代皇帝アウグストゥス

カエサルの暗殺後、遺書で後継者と指名されていたアウグストゥス。

その当時、なんと、18歳! 自分が18歳のときのことを思うと、

到底この人には勝てないと思ってしまいます。

ハンサムで長身、約170センチ (当時の食糧事情から考えると長身)

特筆すべきは、病弱であったことでしょう。

少し移動するにしても、御輿(みこし)を使っていたようです。

リーダーは、身体が頑丈で人1倍知性がないとダメだという

風潮がありますが、アウグストゥスを見ていると、

どうも、そうではないような気がします。

長編小説 『ローマ人の物語』 で古代ローマに造詣(ぞうけい)の深い

作家・塩野七生(しおの・ななみ)先生のローマ人特性によると、

知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルト(ガリア)や

ゲルマンの人々に劣り、技術力ではエルトリア人に劣り、

経済力でカルタゴ人に劣るのが、自分達ローマ人であるといいます。

まさに、ローマ人そのものと言える、アウグストゥス。

歴史に 「if」 は許されませんが、戯(たわむ)れとして、

「アウグストゥスが、もし、健康で身体が強かったら?」

と想定すると、76歳まで長生きしなかったでしょう。

近代まで 「人生50年」 と言われていたのだから。

風邪でも簡単に死んだ時代。慎重な性格のアウグストゥスだから、

体調が悪ければ、すぐに、体を休めたことでしょう。

病弱で性格陰険。皇帝というデリケートなフィクションを、

50年もの長きのあいだ演じ切ったアウグストゥスは、間違いなく、

カエサルの次にくる偉人と評価してよいでしょう。


尊厳者 パックス・ロマーナ

軍隊の指揮はからきしダメだったが、補佐のアグリッパ

(紀元前63~紀元前12年)に軍略を任せ、政治に専念。

最後まで、これでうまく回ったようです。

この点も、リーダーとしてのヒントがあります。

自分より優れている才能の持主がいれば、その人に任せる。

日本のリーダーや社長は、全部自分でやって頑張るというイメージが

強いのですが、この部分は他者に任せる、というのができる人が、

中々いないような気がします。神君カエサルからバトンタッチして、

たった18歳の初代皇帝 アウグストゥス―――

見事というほかない。ここでも 「if」 を使いますが、

もし、カエサルが暗殺されず、寿命でアウグストゥスに

ローマ帝国が引き継がれていたら、どうなっていたのか?

恐らく、カエサルの後継者だったが大した人物ではなかったと、

歴史上の評価が 180度、変わっていたかも知れません。

困難トラブルを乗りこえて、人は、大きく成長する。

18歳という人生の節目から、あらゆる壁を突破。

「アウグストゥス」 (ラテン語で、尊厳者・威厳者)となのるに相応しい

大人物に成長した。占星術でも、偉大な人物ほど困難多き星の下(もと)に

生まれてくることが多いという。人生の荒波に遭遇しても、

アウグストゥスのように、雄々しく乗りこえて行きたい。

暗殺で中断を余儀なくされ、志半ばで逝った、神君カエサルの構想と

数々の計画を実行。パックス・ロマーナ(ローマの平和)を実現した、

ローマ帝国初代皇帝、アウグストゥス。

その崇高な精神もまた、第2代皇帝ティベリウス

(紀元前42~紀元後37年)へと受け継がれていくことになるのです。


アウグストゥスの面影

「プリマポルタのアウグストゥス」 (バチカン美術館所蔵)

は、最もよく知られている大理石像の1つです。

ローマ皇帝アウグストゥスの大規模な墓、「アウグストゥス廟(びょう)」

は、紀元前28年、ローマのカンプス・マルティウスに建造されました。

高さ42メートル、直径90メートルという大きさを誇るこの霊廟には、

アウグストゥスと、ユリウス・クラウディウス朝の人々が眠っています。


東間 陽一 Yoichi Azuma



0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。